読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

あなたと私

おとなのおとこのこ。

本当の気持ち。

私は本当は何をしたいのだろう……
一人の時間が増えて、改めて自分の内に目を向けるようになりました。
私は自分の心がわかりません。本能や直感が上手く働かないのです。

自分の心を覗いても、見えるのは闇とも混沌とも言えない異次元的空間。
まるで盲人の見る風景。
社会の声と自分の声といろんな声が混ざりあって心というものの中で蠢く。
潜在意識の声はか細く、全て喧騒に飲み込まれる。
次第に自分を説明するための単語も消え去り、私は拠り所をなくす。
-私とは何か。
いつも最後に隕石のように衝突してくる問い。
検索しても見つからない。

浪人生になって改めて、自分の将来を考えるようになりました。
何がしたいの? どう生きたいの? 何になりたいの?
という具合に。
-分からない。
私は大学で何を専攻したいのでしょう。
一年前の私は創造やファッションの世界に入りたくて、アートマネジメントやデザインを専攻したいと思っていました。
他にも、こうやって文章を書いて自分の感情や思想を共有したくて、文芸やメディアの専攻も視野に入れていました。
雑誌ライターやwebライター、ファッション雑誌の編集に一応憧れはありました。(過去形)
社会問題を取り上げたドキュメンタリー番組や旅番組も好きです。

でも、なぜ私は創造したいのでしょう。
なぜ書きたいのでしょう。
恐らく自己満足。別に社会の役に立ちたいだなんて、これっぽっちも思っていません。多分。
私が楽しければ全て良し。だって人生楽しんだもん勝ちでしょ?
-そんなんで、いいのかしら。
もしも創造(創作)や文筆が義務化されたら、私は心から楽しむ自信がないのです。義務ではなく、自分でやるから楽しいのです。
また私は別の人生を歩む自分に思いを馳せ、永遠に自分とは何かというくだらない命題に付きまとわれることに……


父が学者(大学教授)だということもあり、割と教育学や心理学、人間科学分野にも興味はあります。
両親も私には教育学を専攻して欲しいようです。
しかし興味とは裏腹に、私にとって退屈な勉強だったらどうしましょう。
自他共に認める大の勉強嫌いの私に四年間退屈に耐えることができるのでしょうか。
自分で選んだ道だから、と割り切ったとしても授業や研究や論文は最小限・最低限になるでしょう。
そしてまた壁にぶち当たる。

創造、ファッションか、ジャーナリズムか、教育か……
私は一体何に向いてて、何がしたくて、何ができるのか。
本当の気持ちはもしかして、振り子のように揺れ動いているのかもしれません。

私には、読書の時間が必要です。